J様 男性 85歳 要介護4 現病歴:胆管癌末期・十二指腸狭窄・重症貧血。定期健診で胆管癌発見し、緊急手術で3か月入院。
転移もしており様子を見ていたが予後1年と告知あり。ご本人は延命は拒否し胃ろう等の造設も望まない為、自宅療養となる。退院と同時にホスピスの予約も入れた。妻と二人暮らし。
退院して入浴がしたいを希望で入浴実施。妻は献身的に介護を行い入浴介助は妻が行った。リハビリも実施し、ADLアップし、退院4か月頃は癌が落ち着き活動的に生活できた。
大好きな麻雀をやりたいと電動自転車の購入を希望した。真夏の暑い中でもお弁当を持って老人憩いの家に通い続けた。
秋頃に麻雀でよく負けてしまう、高齢になり記憶力や気力が出なくて不安だと言うようになった。食事量も減り、1年後の3月には病状が悪化。
ご本人は「1年の寿命と言われたのだから仕方ない」と笑顔で話していたが、夜には心配で眠れない事が多くなった。
自分がいなくなったら片付けが大変だからと自分で断捨離をした。
7月には膵臓や肺にも転移し、腹水も出現、固形物が全く通らなくなってしまった。妻は市販のペースト食では不味くてかわいそうだと、毎日だしを取り美味しくペースト食を調理していた。
自己血糖測定やインスリン注射は妻がすべて行った。「ナースエイドさん」と呼び、ご本人も誇らしげだった。救急車で搬送しても、自宅で過ごさせたいと退院するが、体調不良ですぐ入院を繰り返した。
ご本人はもう少し治してから自宅に帰りたいと希望され、結局、病院で急変し永眠した。ご家族が病院に到着するまで意識はしっかりしており、妻の手を握り返した。
自宅の事全般、妻の旅行時も内服薬をセットして持たせる方で、妻のコーディネート一切を行っていたとの事。
妻にこれ以上迷惑はかけられないので、自分の事を自分で出来るようになるから、緩和病棟にいると言っていた。
自分ではそう長くない命とは理解していると言っていたが、認めたくない、奇跡が起こると期待していたのかもしれない。
いつも受診時にドクターの言うことが理解できないと言い、長女に付き添いを頼み、長女は速記のごとく詳細を記録し説明していた為、ドクターへの信頼は厚く、主治医は病気発見からお看取りをした患者さんは初めてだと仰った。
親族総出で愛情深く療養できたが、決してこれで良かったと思う方はおらず、後悔の残る看護でした。ご意向を重んずるが故、自宅で療養したと望んでも自宅に戻るタイミングを計ることは大変難しい事だと痛感しました。
